健康な精神とは何なのか!


 世に世界人権宣言なるものが有るが、敗戦国ニッポンに押し付けられた、キリスト教史
観に他なるまい。この国連憲章の中でも最も危険なのは、理性は初めから有るものと決め
つけていることです。天なるお父様に生まれたときから与えられていると言う訳です。果
たしてそうでしょうか。宗教問答をするつもりは有りませんが、料学に携わる一員として
間違いは正さなければと思っています。理性なるものは初めから有るものではなく、時間
軸的に哺育・知育・教育して行って【作る】ものであるはずです。何故なら、赤ん坊は理
性的でしょうか?サッチーの様に天動説さながらに我がままし放題に生きているでしょ。
両親が面倒をみてあげなければ【社会的ヒト化】していかないでしょ。かって、ドイツで
フリードリッヒの実験というものがありました。
 理性的であるはずの生まれたての赤ん坊100人を食事だけ与えて後は大人は一切構わず
にそのまま放置しておいたそうです。赤ちゃん達はどうなったと思いますか71カ月以内に
全員死亡してしまったそうです。つまり、親には哺育され、就学すれば【師】に知育され、
親や地域の大人や学校の師に教育されていかねば健康な理性が育たないのです。しかし、
師と呼ぶにふさわしい先生が殆どいなくなってしまっているのが現状です。その理由は、
闇雲な「禁止」が挙げられます。例えば体罰ですが、体罰と暴力の定義の違いがお分かり
ですか?暴力とは力の強いものが弱いものを殴って金品を奪う事に代表されるように、
奮った者の利益であり、体罰とは親や師によって殴られ謙虚に成ることのように、受けた
者の利益なのです。ブン殴られるというのは恥です。恥というのは強い感情ですから恥が
強いほど意志が強いので、どうやって恥だと解らせるか、恥のかかせかたが大切です。
大人が子供にすることは、人前で叱るかブン殴ってやらねばなりません。そのようにトレ
ーニングしていくと他人を必要としなくなります。自分で自分を恥ずかしいと思い始めま
す。これを【謙虚】といいます。理性と同じく恥も外聞も有るものではなく、みな作って
いくものなのです。ここまで持っていって、初めて教育といえるのです。そういう勇気あ
る意志、価値を高めようとする意志が大切なのです。それを儒学では【恥を知る者は勇に
近し】と言います。他人が叱ってくれなくても自分自身に謙虚の意志が発生し、自分がだ
めだと目覚し自分をコントロール出来る様になることを、【進歩】と言うのです。こうい
う非常に強くて安定した正しい感情のことを【仁】と言います。仁とは知・情・意つまり
脳の新皮質・大脳辺縁系・脳幹部の情報交換がスムーズに行きバランスされていることを
現します。【義】と言う言葉の中には明らかに知と仁が入っています。それに聖の五行の
正を付け正義とした先達の教えが今現代の料挙の制度によって崩壊してしまったのです。
脳の新皮質のみを拡張させ、知っているが出来ない人間の大量生産・だから裁判官がタク
シーの運転手を雲助呼ばわりしてせ間の顰蹙をかっている事が今話題となって居ます。
司法試験に通っても世間を知らねばという是非が問われるのもむべなるかなと思います。
こういう東大法学部の人間に或るテーマを与えて感想文を書かせると、実に見事な文章を
書くのだが、それは、体験の無い・オリジナルの無い丸暗記の寄せ木細工の説明文ばかり
であり、とても感想文と言えたものでは有りません。もっと、京大のアメフト部の様に、
【文武両道】でなければ正義は行えません。精神(脳幹)の方が肉体より強くなければな
りません。肉体は精神が望む事を行動させます。それを《クエの法則》 と言います。強
くなければ優しくなれません。又他人をも思いやれません。結論は、精神の定義とは【種
族保存脳】に他なりません。ローレンツ以外、世界の精神学者もまだ知りません。合掌!